恐竜科学者による「人間は自然とどう向き合うべきか」
—恐竜学との出会いと、自然を畏れ、知を求めるための科学と思想に誘う本
河部壮一郎先生 古生物学者 福井県立大学恐竜学部教授 福井県立恐竜博物館研究員
科学の発展は、私たちに世界の仕組みを知る機会を与えてくれる。しかし、その営みは決して万能ではなく、むしろ人間の限界や自然の圧倒的な力を思い知らされる場面のほうが多い。ここでは、恐竜科学の魅力に出会う最良な本に加えて、「知と自然の関係」を考えさせる三冊の本を紹介したい。さらに、進化、生命科学、科学の在り方を中心に、人間の知の探求について考えさせてくれる本を紹介しよう。
「発見」はどのように生まれ、検証されるのか~恐竜絶滅隕石衝突説の確立
『ダイナソー・ブルース』(尾上哲治)は、恐竜科学の研究の魅力をあまりなく伝えてくれる科学ドキュメンタリーだ。恐竜の研究に出会う最初の本として多少高いが図書館でも借りて、ぜひ手に取ってほしいし、一読してほしい一冊である。
恐竜が絶滅したのは、巨大隕石の衝突によるものだという説は、今や広く知られている。しかし、この学説がどのように誕生し、どのように議論され、受け入れられてきたのかを知る人は意外と少ない。本書は、科学の世界における「発見」とはどのように生まれ、どのように検証され、あるいは否定され、そしてどのように認められていくのかを、リアルな研究史の視点から描く。
科学の世界では、新しい説が発表されたからといって、すぐに受け入れられるわけではない。むしろ、多くの場合、激しい批判や疑念にさらされ、検証と反証の繰り返しの中で、ようやく定説となる。本書では、まるでミステリー小説を読むかのような緊張感の中で、恐竜絶滅隕石衝突説がどのように確立されていったのかが描かれる。著者自身が現役の研究者であるため、その筆致には説得力があり、科学の世界の厳しさと同時に、その魅力も存分に伝わってくる。

動物の死は「始まり」。未知の知見が生まれる
科学と思想の狭間を見るのに最適なのは、『解剖男』(遠藤秀紀)である。本書は、動物園で死んだ動物の遺体が、どのように研究者の手に渡り、解剖され、標本となり、科学の発展に寄与していくのかを、生々しくもユーモラスに描く。著者の遠藤秀紀氏は、動物の形態学を専門とし、数々の哺乳類の標本を手がけてきた研究者だ。
動物の死は、しばしば「終わり」として捉えられるが、本書ではむしろ「始まり」として描かれる。死体は単なる物体ではなく、そこから未知の知見が生まれる可能性を秘めている。研究者の情熱や、科学に対する飽くなき好奇心が随所に感じられると同時に、「生と死」に対する考え方そのものを揺さぶられる一冊だ。
著者は私の博士課程時代の指導教員でもあり、独特の語り口は、本書を単なる科学解説書ではなく、一種のエンターテインメントとしても成立させている。研究の現場にいる人間だからこそ語れる、生の科学の姿がここにある。科学が、いかに地道で、いかに感動的なものかを知ることができるだろう。

人間は自然の本質を理解し尽くせない
『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク2』(マイクル・クライトン)は手軽な文庫で読めるサイエンスフィクションだ。スティーブン・スピルバーグ監督・監修の映画シリーズにも発展している原作の続編でもある。
マイクル・クライトンは、科学技術が進歩する一方で、人類がそれを完全に制御することはできないというテーマを、一貫して描いてきた作家である。本書もその例に漏れず、遺伝子技術によって甦った恐竜たちが、いかに人間の予測を超えた存在であるかを描き出す。
本作では、人間がどれだけ科学的知識を蓄積し、技術を発展させても、自然の本質を理解し尽くすことはできないというメッセージが随所に込められている。特に印象的なのは、「地球そのものは人類によって破壊されることはない」という趣旨を著者が述べているところだ。私たちはしばしば「地球に優しい」という言葉を使うが、それ自体が人類中心の考え方であり、地球は人間が何をしようと存続し続けるのだという皮肉な視点を突きつけられる。クライトンの作品は、単なるエンターテインメントにとどまらず、科学技術に対する盲信や、人類の傲慢さに対する鋭い批判を内包している。本書もまた、その例外ではない。

ここで紹介した三冊は、それぞれ異なるテーマを扱いながらも、共通して「人間と自然の関係性」について考えさせる本だ。『ダイナソー・ブルース』は、科学の研究プロセスとその人間臭さを示してくれている。『解剖男』は、生と死を通じて科学の営みの本質に迫る。『ロスト・ワールド』は、人類がいかに自然の法則を理解しようとも、それを完全に制御することはできないという現実を描く。どれも、科学の素晴らしさと同時に、その限界をも考えさせる良書であり、読む者の視野を広げてくれることは間違いない。
その他、進化と科学の視点を知ることができる本を紹介しよう。

『恐竜の世界史』
スティーブ・ブルサッテ(みすず書房)
世界的な恐竜研究者が、恐竜の進化の歴史を科学の現場から語る。最新の研究成果を交えながら、恐竜という生物がどのように繁栄し、いかにして地球上から姿を消したのかを知ることができる。
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『進化のからくり』
千葉聡(ブルーバックス)
進化生物学の視点から、生物の変化のメカニズムを探る。軽妙な語り口で、進化が決して単純なものではなく、様々な要因が絡み合って起こることを解説している。
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『小学館の図鑑NEO [新版]恐竜』
冨田幸光(小学館)
恐竜に関する最新の知見を反映し続ける、専門家にも役立つ図鑑。豊富なビジュアルと正確な解説が魅力で、恐竜についてより深く学びたい人に最適な一冊。
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続いては、科学と思想をめぐる本を紹介しよう。

『日本語の科学が世界を変える』
松尾義之(筑摩書房)
言語が科学の思考に与える影響や、母国語で科学を行うことの貴重さを考えさせる。実は、母国語で科学を語れる国は多くないのだ。科学の世界で英語は必須だが、それでも日本語が持つ意味を改めて認識させてくれる。
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『失敗の科学』
マシュー・サイド(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
失敗を通じて得られる知見の重要性が説かれている。科学的思考とは失敗から学ぶことにほかならないが、本書はその重要性について、理論的でありながらも時に感情を刺激するような多くの実例を交えて解説する。科学だけでなく、社会やビジネスにも応用できる考え方を提供してくれる。
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さらに、歴史・哲学・文明を考える本を紹介しよう。

『夜と霧』
ヴィクトール・E・フランクル(みすず書房)
ナチスの強制収容所の極限状態で、科学者としての視点を持ち続けた著者が、人間の心理を分析したものである。歴史的な証言でありながら、科学的な視点から人間の本質に迫る。
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『坂の上の雲』
司馬遼太郎(文春文庫)
明治期の日本の歩みを、愛媛ゆかりの人物たちの視点から描く歴史小説。戦争や近代化を背景に、当時の日本人が何を考え、どう行動したのかを知ることができる。
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日本の恐竜研究は、もっと面白くなる
最後に、私が実際にどのような思いで恐竜研究に取り組んできたか、そしていかに恐竜研究が魅力的かまとめた拙著を紹介したい。
『デジタル時代の恐竜学』(河部壮一郎)では、X線CTスキャンといったデジタル機器を用いてどのように恐竜研究が発展してきているのか、私が実際に行ってきた研究活動を通して解説している。日本という、欧米・大陸諸国と比べると恐竜化石がなかなか見つからない地で、私がどのようにして恐竜研究に向き合うようになったのか、研究者としてどのような思いで研究活動を行っているのかも垣間見えると思う。また日本における恐竜研究がこれからより面白くなっていく未来の可能性についても感じてもらえるだろう。

以上、共通して言えるのは、知を求めることの意義である。ここで紹介した本は、科学・歴史・思想を通じて、私たちが世界をどのように理解しようとし、どこまで知り得るのかを考えさせるものばかりだ。私の本でも、科学のあり方を実際の経験に乗せて語ることを十分意識して、楽しみや苦悩も含んだ恐竜研究の魅力へ読み手を誘おうと試みた。人間は限界を抱えながらも、それでも知を求め続ける。その営みこそが、科学の本質であり、人間の在り方なのかもしれない。

ある恐竜化石の産地で発掘作業をしている様子。恐竜研究のはじまりはやはり化石を見つけること、つまり発掘だ。いつもX線CTスキャナやパソコンの前で作業しがちだが、化石の発掘は宝探しのような一面もあってわくわくする。

中高生が、恐竜をきっかけに、自然科学の面白さを知ることができるような教育プログラムを作る活動もしている。(河合塾にも協力いただき、様々な中学・高校に出向いて、授業を行っている。写真はドルトン東京学園の「探究ラボ」より)
河部壮一郎(かわべそういちろう) プロフィール
古生物学者。1985年、愛媛県生まれ。福井県立大学恐竜学部教授で、福井県立恐竜博物館の研究員も兼任。東京大学大学院理学系研究科博士後期課程を修了。これまでX線CTスキャンや3Dモデリング技術を活用し、恐竜の骨内部構造や脳、感覚器官の解析を行い、恐竜の生態について新たな理解を深めてきた。また、VR技術をはじめとする先進的な教育プラットフォームの開発にも注力し、学術的な内容を一般の人々にわかりやすく伝える方法を模索している。恐竜研究の魅力を広く伝えるため、さまざまな取り組みを進めている。

恐竜に関する展示会場で、お客さんたちに解説をしている様子。このような展示に、自身が行ってきた研究成果を盛り込むことで、多くの人に恐竜研究の魅力を伝えることもできる。