新刊『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』を語る
-動物の心を知り、生きることを知るために、俺が読んできた本と観てきた映画-
岡ノ谷一夫先生
生物心理学者 元・東京大学教養学部、現・帝京大学先端総合研究機構
俺はどう育ってきたのか
『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』
気がつけば人間嫌いの動物好きでした。動物が好きなのは、言葉をしゃべらないからかも知れません。人間は言葉をもつがゆえに、明日の明日の明日がずっと続くと、自分がいない未来があることを知っています。それなのにみんな自分が死ぬことをあまり考えずに生きている。これは偽善ではないか、と幼い俺は思っていました。
いっぽう、動物は言葉がないから今を精一杯生きています。彼らは死など克服しているのです。だから俺は動物が好きなのです。このように、俺はなぜ自分が死ぬのだろう、自分が自分なのはなぜなのだろう、動物は自分と同じように自分の死を考えているのだろうかを考えて生きてきました。
この本は、動物好きのやや変人少年だった俺が、幸いにも動物の心の研究をして生きていけるようになるまでを描いています。幼稚園(どっぽん便所に落ちて黄金色になりました)、義務教育(体育ができなくて、もてませんでした。でも模型飛行機と動物が好きでした)、高校(男子校で教師に逆らいました)、大学(共学で楽しくギター部で過ごしました。たくさん失恋しました)を経て、じたばたしながら動物と自分の心について考えてきました。
俺の経歴を見ると順調な人生と思うかも知れませんが、ぜんぜん順調ではありません。大学入試に落ち、大学院入試にも落ち、何度も失恋しました。日本にいるのがいやになって、アメリカの大学院に行きました。しかしそれも、入試担当官が俺の成績をよい方に間違って入れてくれたのでした。
そして安定した研究職に就くまで、12か所の大学や研究機関からフラれました。俺は執念深いので、断りの手紙は全部取っておいてあります。めでたく大学教員となってからも、研究費をとれなかったり、学生や同僚と大喧嘩したり、学生に嫌われたりしました。それでも生きてきてよかったです。
決して優等生ではなく、やや変人少年で人間が嫌いな俺でも、結果として好きなことにしがみついてゆくことで、なんとか楽しい半生を送ってきました。この本はそういう人間のことが書いてあります。他人の話は参考にならないと思うのは間違いです。だって、他人の話しか参考にできるものはないのだから。俺の話を読んで笑ってもらえればうれしいです。俺でも生きてきたのだから、君たちは全くもって生きているべきなのです。
『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』
岡ノ谷一夫(新潮社)
俺の愛する動物 ハダカデバネズミ
『ハダカデバネズミのひみつ』
おいら、ハダカデバネズミなんでちゅ。はだかで、歯がでっぱってて、ねずみなんでちゅ。
ひみつなんて特にないんでちゅが、この本読んでおいらのこと好きになってもらえるといいなって。
この本には字も書いてあるけど写真が多いでちゅ。おいらのこと、気持ち悪いって人もいるかもちゅれいないけど、写真見てもらううちに、きっとかわいくなってくるよ、って自分で言うのもナンなんでちゅけど。
ハムスタさんは3年くらいで死んじゃうんだけど、おいらたちは30年以上生きるときもあるんでちゅ。それがなぜか、ってのがひみつなんでちゅが、そのひみつがだんだんあばかれてきて、おいらがまるはだかになっちゃうのがこの本の魅力でちゅ。あ、最初からはだかでしたでちゅね。
何かを知ることは、何かを好きになることなんでちゅよ。おいらのこと好きになって、生命と生物学と動物と研究に興味をもってくれるとうれちぃでちゅ。
動物の心を知るための読書案内
『ネズミのおしえ』
篠原かをり(徳間書店)
ネズミは不条理に害獣と思われています。たぶん、ヨーロッパでペストが大流行したときの記憶が人類史に刻まれてしまっているのでしょう。でもネズミはとてもかしこくて、ペットとしてもよくなれる動物なのです。ネズミは何百種類もいますから、飼いたくなるネズミがきっといるはず。ハムスターだってネズミだし。
[出版社のサイトへ]※電子版のみ
『生きるよドンどん ムツゴロウさんが遺したメッセージ』
畑正憲(毎日新聞出版)
昔、ムツゴロウと名乗る変人がおりました。いろいろな動物を飼い、クマを飼いならして交尾しようとした人です。動物を愛することの究極がここにあります。俺は弟子入りしたかったのだが、体力面で挫折しました。
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『アニマルラーニング Plus: 動物訓練の原理と実践』
中島定彦(ナカニシヤ出版)
犬猫のしつけから、シャチやイルカを訓練する方法、さらには、動物の心を探るための心理学的な方法まで、解説しています。動物が好きな人、動物関連の仕事を目指す人におすすめです。
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人間の心を知るための読書案内
『海の仙人』
絲山秋子(新潮文庫)
宝くじに当たって会社を辞めた人と、できの悪い神様、ファンタジーが不思議な同居生活を始めます。無茶な設定ですが、ファンタジーがだんだんと実在感を増してきて、最後にはかけがえのない友達みたいになっちゃうところが、好きです。
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『みずうみ』
シュトルム 高橋義孝:訳(新潮文庫)
学問と恋とどっちが大事かって話です。もちろん恋に決まっています。だけど、学問を選んでしまう時期が人間にはあるのです。でもそういうときって、実は恋を選ぶことに自信がないんだと思います。恋を選ぶってことは、人生を選ぶことだから。でもね、恋を選べなかった自分を懐かしんで、ふと恋人の名前をつぶやくような老人もまた素敵です。
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『あなたの人生の物語』
テッド・チャン 浅倉久志、公手成幸、嶋田洋一、古沢嘉通:訳(ハヤカワ文庫)
私たちは3次元の移動は自由ですが、時間軸の移動はできません。もしこれができるようになったら、私たちの心のあり方はどう変わるでしょうか。もし自分の娘が山で遭難することを知っていたら、私たちはそもそも娘を欲しがるのでしょうか。人間はすべて死に、世界は必ず終わるのに、私たちはなぜ生きるのでしょう。
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生きることの苦しみに向き合うための映画案内
『サラの鍵』
ジル・パケ=ブランネール監督、2010年、フランス
第二次大戦中、ナチスドイツはフランスを占領し、フランスのユダヤ人たちを収容所に移送しました。納戸に弟を隠し、鍵をかけてしまった姉は、弟が生き残ることを祈りますが、残忍な結果が待っていました。人間の運命は判断一つで大きく変わってしまうことがあります。どのように生きても罪を贖えないとき、私たちはどう生きたらよいのでしょうか。
『つぐない』
ジョー・ライト監督、2007年、イギリス
裕福な家庭に育つ姉妹。姉は家族の使用人の青年と好意を持ち合います。妹はそんな二人を盗み見て、好意の限度を超えた罪を想像します。妹の告発によって二人は家族から罰せられ、離れ離れになりました。そこに第二次大戦がはじまり、悲劇は均等に人々に降りかかります。生き残った妹は、彼女の想像力をもって失われた人生をつぐなうことを試みるのです。
『ベイビーわるきゅーれ』
阪元裕吾監督、2021年、日本
まあそういう映画ばかりじゃ疲れるので、高石あかりと伊澤彩織が女子高生殺し屋となって思いっきり暴れまくるこの映画も見ておくれ。いちおう、成長するってたいへんだね、っていうメッセージでもある。
岡ノ谷一夫先生 プロフィール
人間より動物が好きで、動物の心を知りたいと思って、子どものころからいろいろな本を読みました。浪人時代に、動物心理学、動物行動学という分野があることを知り、そういう勉強ができる大学に行くため、がぜん受験勉強をがんばりました。慶応義塾大学文学部で動物心理学を勉強し、そのまま大学院に行きたかったのですが、合格できなかったので、いっそのことアメリカに行こうと思い、アメリカの大学でトリの聴覚の研究室に入りました。そのまま無我夢中で研究しているうちに、大学の先生になることができました。今は東大を退職し、帝京大学で研究を続けています。ギターを弾くのと本を読むのが好きです。
千葉大学文学部行動科学コース(認知情報科学専修)、理化学研究所、東京大学教養学部統合自然科学科認知行動科学コース(教授)などでの大学生指導などを経て、現在帝京大学先端総合研究機構(教授)で、大学院生を中心に研究指導しています。
音に興味があり、コミュニケーション研究をしておりますので、音楽も好きです。この楽器は、バロックリュートと言いまして、18世紀に流行しましたが、今では変わり者しか弾いていません。26本の弦がありますから、調弦だけでたいへんです。私はこの楽器でバッハの曲を弾いています。
俺の研究室では、ラットと小鳥を飼って、鳴き声の研究をしています。また、野生のテナガザルの鳴き声も研究対象です。さらに、音楽を演奏している・聞いているときの人間の脳活動も調べています。こういう研究を全部まとめて、人間と動物の心の進化を研究しています。
帝京大学先端総合研究機構では、諸科学の先端分野を人文学・人工知能研究で結びつけ、文理を超えた新たな科学を創造しようとしています。
ジュウシマツ
ジュウシマツは複雑なさえずりをうたいます。ジュウシマツの脳にはさえずりを学ぶための神経系があります。親のさえずりをどのように学ぶのか、研究を進めています。
ラット
人間には聴こえない超音波で鳴き交わしていることが、私たちの研究でわかりました。鳴き交わすことで絆を強めているようです。
テナガザル
野生のテナガザルの音声を研究している研究員もおります。ボルネオに行き鳴き声を録音し声紋分析して、テナガザルの発声の機能を調べています
現在研究室に所属する人たちです(あと数人います)。修士1年から講師まで多様です。トリやラットの音声コミュニケーションや、ヒトの音楽の聴こえ方を研究しています。
日大高校の生徒さんが見学に来てくださいました。皆さん動物好きで、脳と行動と心の関係にたいへん興味を持ってくれています。
これまで20を超えるSSHを含む高校で講演してきました。この写真も、そのように何度か特別講義をやっている日大高校の生徒たちが見学に来たときのものです。
川越女子高と川越高校の生徒をあつめて議論した内容を本にしました(つながりの進化生物学)。
日本学術振興会の「ときめききらめきサイエンス」で高校生を集めて講義と実習をしたこともあります。これらのうち数名は、生物学・心理学方面に進学しています。うち2名は、科学者として大学院で研究しています。さらに1名は、来年度より私の研究室で大学院生となります。
研究室出身で大学教員になったのは14名ほどで男女同数です。研究機関で研究を続けている方は10名ほど、企業で研究を続けている方も10名ほどおります。ユニークな経歴としては、手品師になった人が2名、プロ音楽家になった人が1名、映画監督になった人が1名います。いろいろな個性を持った人が、いろいろと個性的に活躍している研究室です。



