情報学の最先端
2025年IPSJ-ONEプレゼンター
ソフトウェア
プログラマたちの暗黙のルール ~超長寿命ソフトウェアの秘密~
伊原 彰紀先生
和歌山大学 システム工学部/社会インフォマティクス学環(兼任)

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
私が最もワクワクしたのは、「ソフトウェア工学は本当に『工学』と呼べるのか?」という問いに挑んだときです。
アプリを含むソフトウェアの開発は毎回目的も手段も人も違うため、同じ結果を再現するのがとても難しい分野です。それでも、再現性のある技術を見つけ出し、誰でも効率よく高品質なソフトウェアを作れるようにする——この難題に挑む過程は、まるで手探りで正解を導く探究の旅のようで、心が躍りました。

先生の研究にチャレンジ!
生成AIが要求通り、またはそれ以上のソフトウェア(プログラム)を作れるのかを研究するのはいかがでしょう。具体的には、簡単な課題をAIに指示し、生成されたプログラムは要求を満たしているか、また読みやすく保守しやすい内容かを人間が評価します。複数の課題を通じて、AIがどのような指示に強く、どのような条件で誤るかを体系的に整理・考察します。

セキュリティ
暗号資産の光と闇
矢内 直人さん
パナソニックホールディングス株式会社

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
人間がセキュリティ技術とどのように向き合うべきかという人間の側面の研究が、大変興味深いです。
どのような技術も、最終的には人間がどう扱うかという点が重要で、セキュリティ技術の歴史の中には悪い人が意図的に技術を悪用したり、あるいはうっかりミスで大きな問題となった事例は数多く存在します。
その中で我々の過去の活動として、セキュリティ技術に関心を持ってもらえるよう、ビデオゲームの設計なども行ってきました。(今回の講演者にこの内容を講演された方がいますが、自分の元指導学生兼現共同研究者の方で、そのビデオゲームも一緒に設計を行いました)。
https://www-infosec.ist.osaka-u.ac.jp/software/ren-ai/REN-AI.html
このゲームとその論文がリリースされるまで、没になった企画も数多くあります。大概は、開発期間中にチームが分裂することで、企画が頓挫しました。一方このゲーム自体は、教育においてストーリーが大事であることを示唆するなど、人間の教育としての知見ももたらしてくれました。

先生の研究にチャレンジ!
前項で述べたゲームの研究などは、アイデアや根性がものを言うため、高校生や若い世代の方ほど有利と考えています。今はゲームの開発も、Scratchなどプログラミングスキルを必要としない「ノーコード」で作ることが可能です(前項で述べたゲームもティラノビルダーというノーコードツールで開発しています)。
ティラノビルダー https://b.tyrano.jp/

言語モデル
大規模言語モデルをつくる
高瀬 翔さん
SB Intuitions株式会社

先生に聞きました!研究の面白さは?
おそらく計算機科学の多くの分野もそうだと思いますが、私の所属している自然言語処理分野は、機械翻訳や与えられた文書の要約生成の研究など、製品に近しい領域の研究と、それらの問題を解く際に使用される文の構造解析やニューラルモデルの研究のような基盤領域の研究に分かれています。
自分の研究成果や関わった新たな技術が、様々な領域に貢献することに喜びを感じるため、私はニューラルモデルの研究という基盤領域での研究を行っています。
広く使われている手法を上回るためには十分に洗練された手法でないと難しいのですが、考え続けていると、ふとしたときにアイデアが出ます。例えば単純な手法で、必要な計算資源を1/10まで削減できる手法が実現できたことは感慨深いです。

先生の研究にチャレンジ!
私は自然言語処理、特に大規模言語モデルの研究に取り組んでいますが、この領域はまだ研究論文になっていないような、最先端の技術が製品となり、世に出ていることも多々あると思います。
なので、まずは大規模言語モデルを使ってみて、どのような間違いをしているのかを調査したり、もしくは現状に加えて、さらに何ができると便利かを考えると、それがそのまま研究テーマになると思います。

対話型AI
もうちょっと笑わせてくれコンピュータ
呉 健朗先生
日本大学 文理学部 情報科学科

先生に聞きました!研究の面白さは?
私は賢く便利な対話型AIをあえてボケさせて対話中に笑いを生み、人がAIに親しみを感じやすくさせる研究を行っています。
研究では人が笑えるような発言を自動で生成する方法を模索していましたが、これには自然言語処理の知識だけでなく、心理学・社会学などの他の学術分野やプロの漫才師の現場の知見なども取り入れる必要がありました。
私たちが友人などと会話をする際に、ちょっと面白いことを言って互いに笑い合うシーンは珍しくないですが、コンピュータでこれを実現するのはかなり難しいです。
この研究を通し、人が軽々と行っている一つ一つの挙動は非常に複雑で奥深く、これを探求するおもしろさに気づかされました。
簡単そうに思える内容でも探求の対象にすると様々な発見があるかもしれません。ぜひみなさんの当たり前を改めて見直して、研究してみてください。

先生の研究にチャレンジ!
ChatGPTやSiriなどの対話型AIは急激な進歩を遂げていますが、未だ恩恵を享受できていない人は多数います。
これは、AIの返答がどこか機械的で親しみにくい、いいプロンプトが書けず使いこなせないなどが理由として挙げられます。研究ではこのような「何故?」を深ぼったり、「何故?」を解決する方法を考えたりします。
自身の周りを見渡し、自分の当たり前に「何故?」を問いかけることで新しい発見をしてください。

予想外の3D
メディアテクノロジーでモノやコトの「別の在り方」を探る
橋田 朋子先生
早稲田大学 基幹理工学部 表現工学科

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
クロミック材料に対し、太陽光や紫外プロジェクタを活用して光を投影し、多様な投影面で発色型の表示を実現するという「発色型映像投影技術」の研究が、自分にとって印象的で、いろいろな意味でターニングポイントになりました。
この研究を通じて、マテリアルと情報技術を組み合わす面白さや、太陽の光や動きのような自然環境/刺激を活用した制御の可能性に気が付き、オリジナリティのある技術を探求したいと思うようになりました。
また、印刷と投影の間のような表示や紙面上での手描きの複製といった、これまでにない体験や概念を技術の力で実現できることにも気が付き、ここから固定観念にとらわれず、対象の“別の在り方”を模索するという現在にも繋がる研究の方向性を見つけることができました。

先生の研究にチャレンジ!
日常の身近なモノの潜在的な機能や価値について、手を動かしながら見つけてみる、というのはどうでしょうか。
以前、ワークショップで「トレーシングペーパー」を取り上げたところ、透かして鉛筆などで複写するという本来の機能以外に、「手の上にのせると湿気で反り返る」「しわをつけたり切ったりすると多様な音が出る」「包むと中のものを曖昧に見せられる」などの様々な発見がありました。
頭で考えるだけでなく、実際に手を動かすと、対象のまだまだ知られていない機能や価値がたくさん見つけられるはずです。

スマホの使いやすさ
スムーズに使えるスマホ向けサイトのデザインを目指して
山中 祥太さん
LINEヤフー株式会社

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
大学の卒業研究で取り組んでいた、チャットの発言量を増やす方法の研究です。
たとえば、自分の書き込みを削除できる機能をつけると、削除後に残った発言数はむしろ増加したのです。その理由を深掘りするために、「書き込む前に内容を再考する負担は減りましたか?」などのアンケートも実施しました。
私としては、良いチャットシステムを作ることが主眼だったのですが、そのためには利用者のことをよく理解する必要があり、博士課程からは利用者の心理を研究する方向にシフトしていきました。
これは現在のテーマである、スマホ向けサイトのデザインの研究にも繋がっており、使いやすいサイトを作るためには、利用者の心理に目を向けることが重要だと常に気をつけています。

先生の研究にチャレンジ!
スマートフォン向けアプリの画面をデザインするうえで、利用者がタップしやすいボタンのレイアウトを把握することは重要です。そこで、画面を1 cm四方に区切って各領域を繰り返しタップし、どこがタップしやすいか検証してみてください。所要時間やミスタップ回数を比較することで、利便性の高いボタン配置を見つけられるはずです。

流体のCG
流体の流れを簡単にデザインする
佐藤 周平先生
法政大学 情報科学部 デジタルメディア学科

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
コンピュータグラフィックス(CG)の分野には、SIGGRAPHという世界的に有名な国際会議があります。初めてこの会議に論文が採択されたことは、研究人生の中でも特に印象に残る出来事です。
最初はあまり評価されなかった研究でしたが、改良を重ねて別の国際会議でのショートペーパー(短めの論文)採択を経て、SIGGRAPHのフルペーパー(本格的な論文)への挑戦を決意しました。
ちょうどその頃、海外の著名な研究者と日本で議論する機会があり、共同研究者として協力を得ることができました。万全の準備をして投稿し、ついに採択されたときは、早朝にもかかわらず喜びのあまりベッドの上で飛び跳ねてしまいました。

先生の研究にチャレンジ!
CG制作を比較的手軽に始められるフリーソフトとして、BlenderやUnityがあります。これらのソフトを使って思い通りのCGを作ろうとしたときに、「面倒くさい」と感じた方は、CG研究者に向いているかもしれません。その「面倒くささ」を解消する方法を模索することが、CGの研究につながります。

ハードウェア
形状自在なコンピュータ
門本 淳一郎先生
東京大学 工学部 電子情報工学科

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
大学4年生で研究室に所属し、はじめて自分でチップを設計したとき、実験してそれが動いたことを確認したときには非常にワクワクしたのを覚えています。
コンピュータの中身がどのようなものかということを、実際に手を動かしながら学びはじめたときの、こういうことだったのかという実感の数々は印象深く覚えています。
もう一つ印象深いのは、博士課程在籍中にHCI分野の国際会議に初めて参加し、形状変化インタフェースに関する講演を聴いたことです。これがIPSJ-ONEで発表した研究を思いつく契機になりました。アイディアは異分野のつなぎ合わせから生まれるといった言葉は繰り返し耳に入ってくるわけですが、それを身に染みて感じ、視野を広げ、多様な知見を養うことの大切さを知った瞬間でした。

先生の研究にチャレンジ!
実際にプロセッサを作ってみるのが楽しいと思います。
8 bit程度のCPUを設計し、ハードウェア記述言語 (Verilog HDL)で記述してみましょう。動作についてはシミュレータ(たとえば、Icarus Verilog)を使って確認すると良いでしょう。命令セットの概念や、ALU、プログラムカウンタ、レジスタ、メモリといった基本的な構成要素について学び、オリジナルのCPUを作ってみると、コンピュータシステムがどのように動いているか、その本質的な部分について、理解が深まると思います。

遺伝子と個性
ゲノムで決まること・決まらないこと―ゲノム配列からエピゲノムを予測する人工知能
河口 理紗先生
東京大学 薬学系研究科/京都大学 iPS細胞研究所

先生に聞きました!ワクワクしたことは?
研究論文は、創作作品に似ています。初めて参加した研究論文、初めて自分が責任を持って書いた論文、大きなプロジェクトの中で一緒に研究を進めた論文、どれも我が子のように思い出深く印象に残っています。
その中で、患者さんを日々治療しているお医者さんの先生方と一緒に、患者さんの画像データを利用させて頂く研究に取り組んだときは、この研究をいつか患者さんに還元するんだ、という高い志をもって取り組んでいる先生ばかりで、私自身もとても背筋が伸びる思いでした。
単純な好奇心から生物の研究を進めていても、まわりまわってヒトの病気の治療に大きな変革をもたらすことがあります(GFPやCRISPRはその代表例です)。人類が多様な研究を一緒に進めていくことが、よりよい社会や未来を作り出すことにつながると実感できる貴重な経験となりました。

先生の研究分野は?
私は「バイオインフォマティクス」という、生命科学や医療のデータから隠された共通性や法則を見つけ出すための研究をしています。
例えば、犯罪が起きたとき犯人を探すために行われるDNA検査、これにもDNAがどんな並びかを調べるための技術が使われています。最近では、いろいろな人が自分のルーツを知るために登録した遺伝情報データベースから、30年以上も未解決だった事件の犯人が親戚の情報をもとに特定・逮捕された、ということが米国でありました。
ビッグデータとバイオインフォマティクスの力で、遺伝子と病気など個人の様々な特徴との関係性を明らかにする研究を進めています。

音楽探索・推薦技術
Webサービスで実現するまだ見ぬ好みの楽曲との出会い
佃 洸摂先生
産業技術総合研究所

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
私の主な研究テーマは、音楽を対象とした推薦技術の開発です。そして私の研究の特色の一つが、開発した推薦技術を備えたWebサービスを公開していることです。
これまでにも、Lyric Jumper(https://lyric-jumper.petitlyrics.com)、Kiite(https://kiite.jp)、Kiite Cafe(https://cafe.kiite.jp)、Kiite World(https://world.kiite.jp)などを公開してきました。
Webサービスは、研究グループ内外の色々な人と協力しながら開発していて、完成が近づくと、世の中の人々に新しい音楽体験を提供できることにワクワクします。また、今ではWebサービスを利用しているユーザの反応をX等のSNSで見ることもできるので、「Kiiteの推薦のお陰で新しい曲に出会えた」のような反応を見ると、ユーザが日々聴く音楽のレパートリーを私の推薦技術によってより充実したものにできたことに喜びを感じます。
今後も、まだ見ぬ好みの曲との出会いを実現するための推薦技術とWebサービスの開発に取り組んでいきます。

先生の研究にチャレンジ!
推薦は、あらゆるWebサービスにおいて欠かせない技術になっていますが、推薦の際にユーザに見せる情報を変えることで、ユーザの選択に与える影響を調べてみてはどうでしょうか。
例えば、YouTubeで推薦される各動画には様々な情報が表示されていますが、再生数を表示しないようにしたら、ユーザは動画の人気度にとらわれずに、純粋に自分の好みに従って動画を選ぶことができるかもしれません。
身近な人を対象にして、再生数の表示の有無によって選ばれる動画の違いを比べたり、再生数が表示されないことに対する感想を尋ねてまとめたりすれば、立派な研究です!

災害リスク
『私のリスクってこんなに高いの?』 行動ログから“あなたの災害リスク”を見える化
三浦 瑞貴先生
株式会社KDDI総合研究所

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
「防災」というと、災害時のことを思い浮かべる人も多いですが、実は平時や、実際に災害が発生してからずっと後のことを詳しく調べることも多いのです。
そんな中で、私が印象に残っているのは、2023年に福島県双葉郡(東の本大震災・福島第一原子力発電所事故)を車で横断しながら、ひたすら地域の写真を撮ったことです。
「え?そんなこと?」と思うかもしれませんが、実は、私の会社では「現地現物」と言っていますが、実際の現場を見て知る・感じる・考えるは、研究者としてとても大事です。自分で足を運んで得た情報は、必ずその後の研究でも役立つと思います。

先生の研究にチャレンジ!
みなさんのお住いの自治体でも、災害対策用のWebサイトやアプリケーションは、実はかなり用意・公開されています。
ただ、みなさん自身がそれを知らないということは多いのではないでしょうか。なので、みなさんには「どうしたら、それを見てもらえそうか。また、どういう機能があれば、自分や周りがうれしいか」、防災の観点だけでなく、地域をつなぐ社会システムという観点でも、ぜひ考えてみてもらえたらと思います。

古代エジプト語
情報処理技術で古代エジプトの謎に迫る!!
宮川 創先生
筑波大学 人文・文化学群 人文学類 言語学主専攻 一般言語学コース/人文社会ビジネス科学学術院

先生に聞きました!ワクワクした研究は?
大学院時代、エジプトの古代文字やコプト語文献を直接読むために、ドイツのゲッティンゲン大学へ留学し、世界中の様々な博物館や図書館やエジプトの遺跡などで、貴重な写本や碑文を実際に調査した経験がとても印象的でした。
古代エジプト語はヒエログリフをはじめとする古代エジプト文字で書かれた言語から、コプト語へと形を変えながら、5千年以上にわたり書かれ続けていますが、文献や遺跡の調査を通して、その言語がどのように変化し、社会や宗教と結びついていったかを具体的に知ることができました。
古代の文字や言語に触れ、それを少しずつ解読していく過程は宝探しのようで、研究の醍醐味を存分に味わった瞬間でした。

先生の研究にチャレンジ!
例えば、自分の身近にある方言や古い文献・言葉を集め、現代語との違いを比較する探究をしてみてはいかがでしょうか。地元のお年寄りや図書館の郷土資料などを活用して、発音・語彙・表記の違いを調べるだけでも、言語がどのように変化してきたのかを肌で感じられます。
